| 車遍路をしていて最近感ずること |
最近、三十三観音が平成30年(2018年)で1300年の節目、これを記念して平成28年3月より32年にかけ特別拝観や御開帳などさまざまな事業が催しされて人気があるようです。
そのせいかどうか知りませんが、四国八十八箇所巡礼の人数が減ってきているそうです。
四国八十八箇所の個人巡礼者にとっては、とても納経所がスムーズで良いことなのですけれども、お寺にとっては人数が減ることは死活問題です。
いずれにしても、四国八十八箇所、三十三観音その他霊場めぐりの参拝者のパイは一緒で、取りあい、何か目新しいことをした方に旅行会社も募集しやすく人が集まる構図に成っている様な気がします。
対応のすばらしい寺がほとんどですが、寺の裁判沙汰や、一部の納経所の上から目線で私からすれば住職か雇われの職員か知りませんが、納経所の対応の悪さに心が折れる事がしばしば有ります。
巡礼者は、どんなに寺の対応が悪くても、文句一つ言わないで「ありがとうございます」と言って帰っていきます。
団体バス旅行の巡礼者は、納経所の様子は添乗員が行うので伺う余地も有りません。
また、経営上の問題と思いますが、車遍路をしていると「車ですか」と聞く寺が多くなってきました。3〜4年前は民間を含めて10寺程度の駐車料金を払った記憶がありましたが、最近は、経営上の問題が有るか知りませんが、必要以上に矢鱈多く聞いてくるような気がします。
三十三観音で、京都の有名なお寺では、駐車場は民間(寺?)で整理員もいて、徴収するところもゲートの整備がなされている。おまけに拝観料も取られます。
これは観光客が多く巡拝者と区別が付かないので仕方が無いと思います。
考えてみてください、四国八十八箇所のお寺にお参りに来る人に人件費もかからない駐車場で、駐車料金(志納金)を取るなどとんでもないことだと私は考えます。
2箇所ほど、有人の駐車場がありますが、人件費がかかっているので、ここは雇用費用が必要で地元対策と思い進んで払っています。
駐車場料金が、巡礼者にとっては、大変な出費なのです。
ある寺が、普通車と軽四の料金に100円の差を設けたため、ほとんどの人が軽四と申告するので、今はどちらも同じ料金で高い方の普通車料金に変更しました。庶民は、たかが100円でも払いたくないのです。
団体バス旅行は、例え1台2,000円でも40人で50円と個人の駐車料金と比べると大変リーズナブルです。
寺の納経所では、団体バス旅行の添乗員を優遇しているように思えてならないのですが、大切にしなければならないのは、個人の巡礼者だと思います。
個人を大切にしないと八十八カ所巡礼も将来もっと先細りになるかもネ。
この頃は、私は、納経すると納経代と一緒に駐車場の志納金も要求されるので、お参りだけに専念して納経をしなければお金にまつわる諸問題も解決され心清らかに巡礼できます。これが1番良い方法です。
お金を払って納経帳を朱肉で赤くしなくても、自分の心に刻めば十分だと最近思うようになりました。